2011年9月28日 (水)

復活?

1年ぶりのエントリー。この間にめまぐるしく自分の周りの環境が変わりまして・・・

2010年11月~2011年2月
大学院の研究室にて「シューロン」という名の無意味な戦いを行っておりました・・
そして、自分には専攻している事が全く肌に合っていないことが十二分に分かったのでした。

2011年3月
ドイツにて現実逃避をしておりました

2011年4月~
晴れて社会人になったわけですが、理系出身にも関わらず晴れて都心勤務が決定。
が、当然ながら帰宅途中に演奏会に行けるわけもなく、ナマの音楽には触れられない生活が始まり・・
一方で趣味の市民オーケストラのほうも毎土日に都内を行ったり来たりしているうちに何のためにオーケストラをやっているのかわからなくなってしまい(平日働き、土日はオケ三昧の生活に疑問を感じてしまった・・)、そちらの世界からもきれいさっぱり足を洗いましたとさ。


昨年の自分が想像していた生活から180°×3回転くらい回った生活をしていて、人生何があるか分からないという事だけ分かった。

とりあえず気が向いたらこちらのブログにも記事を書いていこうと思う。以上。

2010年11月 9日 (火)

テンシュテットのブラームス

7 もうすぐ冬だというのに日中はまだ20℃近くある今日この頃。
ブラームスのシンフォニーの3番が急に聞きたくなって、手持ちのipodを見てみると入っていたのがテンシュテットとロンドンフィルの演奏でした。

Klaus Tennstedt / London Philharmonic Orchestra
Royal Festival Hall, London, 7 April 1983

テンシュテットといえば、よく解らない振り方でオーケストラにとんでもない演奏をさせてしまう指揮者という印象が強いです。 この人の振るマーラーは、魑魅魍魎がうごめくような不気味な世界を見事に体現していると思います(その分、聞き終わった時の脱力感が酷いですがw)。

そんなテンシュテットが振るブラームスですから、最近の草食系古典風ブラームスなわけがありません。ガッツリ肉食系ですh。例えば4楽章の練習番号Jからは「祭り」ですよ。 おまいら、やっちまいなーみたいな。 どのパートも前に前に洪水のように出ようとする感じがいいですね。 

一方でこの指揮者の音楽に出てくる正反対の部分、死後の世界みたいな暗い寒いような音楽も出てくるわけで、3楽章の中間部(練習番号Eくらい)なんて、この後どうやってホルン奏者は出られるんだって話です。 もちろん続いて出てますけど。 少なくても某映画のBGMに使われるような、やるせない悲しみの象徴のような音楽では決してありません。
それにしてもこんなに落差が激しい音楽を聞かされていたロンドンの聴衆たちは、この演奏を「楽しみ」として聞いていられたのだろうか?

恐らくはこの人がオケに要求することは物凄く高い、というか激しいものだったと思う。 事実ウィーンフィルとも一度の演奏(先日発売されたベト3)だけでその後共演することはなかったし、北ドイツ放送響だって喧嘩別れしてしまったようだし。 逆にどうしてロンドンフィル(ロンドン響ではなくて)とはうまくいっていたのかが不思議。 やっぱり何事にも合う/合わないってことがあるってことですかね。 うむー。

そういえば、最近めっきりとコッテリな演奏を聴いてないなぁ。

2010年11月 7日 (日)

アーノンクールと愉快な仲間たち(後編)

Index前半に引き続き、アーノンクール最後のツアーの感想。

来日が最後になるのは分かるのですが、国外ツアーも最後にするというのは解せない。 ドイツなんて電車で3時間もかからないのに。 いい意味で期待を裏切ってほしいですね。


今回は公開リハに当選した人対象に、S席を格安で販売してくださるということだったので初めてオペラシティの平土間で聞いてしまいましたよ。 しかしながら周りは空席がちらほら。 もしも格安販売をしていなかったら、さらに人が入っていなかったと思われます。 客を満席にすればすべてOKとは言いませんが、もう少しチケットの値段を下げたり、安いチケット分の席を増やしてもいいと思います。 今は円高でデフレですし(笑)。 (曲目も他の2公演に比べると一般受けはよくなかったかな。)


ポストホルンはリハーサルよりも幾分か緊張感が漂ってた印象。 
それにしてもこの人たちの演奏は、全くほかの演奏とは異なる、「常識はずれ」な演奏なのですね。 リハーサルの後にヴァントと北ドイツ放送響の演奏を聴いてみても全く違う曲のようだった。 アーノンクールは「ポストホルン」という曲に対して明確なストーリーを描いていて、それを音に落としていくというアプローチをとっているのだと思う。(表題音楽的という意味) たとえば序曲(第1曲目)で部分的にコルレーニョさせたりというのは、どう考えてもモーツァルトの時代に行われていたとは思えない。 アーノンクールは単なる時代考証型の人ではない気がするのだが・・? 少なくてもモーツァルトを今までにないくらい、ものすごくロマンチックに演奏していた。


続くハフナーはアーノンクール節がさく裂?していた演奏。 この人、ハイドンのパリセットのCDでも感じたのですが、我々が聞きなれたフレージングをブツブツに切って強調するので、聞く人によって好き嫌いが結構別れると思います。 ハフナーの冒頭では3小節目と5小節目に大きなパウゼをいれてました。 でもそれをやることで、6小節目からのpがとても効果的に聞こえるんですね。 
この日の演奏で一番印象に残ったのが2楽章。 木管楽器と低音のうっすらと霧がかかったような響きの中でVnの高音のトリルがキラキラ輝いているように聞こえた。 普段、モーツァルトの交響曲を聴いて具体的な情景が目に浮かぶなんてことはないのだけれども、この日ばかりは何故か見えた気がする。 


アンコールは6つのドイツ舞曲K.571から 第6番ニ長調。 モーツァルトが死ぬ直前に書いた曲の1つ。 とてもゲルマンっぽい?粗野な踊りで始まると思いきや、半音階で上昇するヴァイオリン・ソロ。 本当にこれがモーツァルトの曲なの?っていうくらい素直でない、というかシニカルな曲。 あたかも自分の認めない社会に対する当てつけのような印象を受けました。 たぶん、普通の音源だったら、「普通の」ドイツ舞曲なんでしょうね。 

このウィーン・コンツェントゥス・ムジークという団体は、ものすごく家族経営な零細町工場のような団体だという印象。ストバイのトップサイドはアリス・アーノンクールだし、恐らくセカンドのトップのお兄さんも何か家族的な人だと思われる(アーノンクール・ファミリーと同じ車に乗っていくのを目撃!!)。 古楽演奏という分野を切り開いてきた戦友という意味以上で、ウィーンの近所同士でアンサンブルしていますみたいな雰囲気が(いい意味で)感じられました。 グローバル化が進む社会の中でのアンチテーゼとしての、ウィーン専門古楽集団みたいな立場になっていくんでしょうか。

そういえばポストホルンは去年話題になったミンコフスキ/ルーブル宮廷音楽隊の来日公演でも取り上げられたそうな。 流行っているんですかね? 個人的にはハフナー・セレナーデのほうが聞きたいです。

2010年11月 5日 (金)

プレートルのハンガリー舞曲

先日の記事でも紹介した、プレートルのハンガリー舞曲1番の動画がようつべにありました。
オケはシュトゥットガルト放送響ということで、とてつもなく上手いというわけではありませんが、プレートルの解釈がよく解ると思います。

それにしても、これをウィーンフィルの美しい音で演奏されたら、、確実に悶えます。
特に冒頭のVnのうねりというか、歌わせ方。 ビブラートとポルタメントをガンガンにかけてみたら、想像しただけでもこてこてです。


プレートルついでに、この人のもっとも素晴らしい演奏。


ウィーンフィルの公開リハに行ってきた

勝手にウィーン・ウィーク2010、本日はウィーンフィル青少年のための公開リハーサルに行ってまいりました。
<アンコール・ネタバレあり>


当初はサロネンの予定だったので恐らくマラ9だろうと予想していたのですが、サロネンが「個人的な事情」により降板してしまったのでプレートルによるプローベでした。 それにしても昨日Cb奏者のゲオルグ・シュトラッカ氏が富士山にてお亡くなりになったという衝撃的すぎる事件の翌日の朝の練習なので、会場に着いたらドタキャンなんていうことも想定しながら10時にサントリーホールへ向かいました。 


さて、実際についてみると「25歳以下の青少年」向けにしては年齢層が高いムッシュとマダムばかりなので驚いたのですが、業界関係者か若しくはウィーンフィル友の会的な人たちなのでしょう。 リハの時間が30分ばかし押しているとのことでしたので、昨日の件でミーティングでもしてたのでしょうか。 兎に角無事に行われるようです。


いただいたチケットはRBブロックということで舞台上手でコンマスのライナー・キュッヒルと向い合せの席でした。客が入場した時すでに楽団員が何名か舞台上にいたのですが、誰も楽器を吹いたり弾いたりしておらず、(思い込みかも知れませんが)何か重苦しい雰囲気を感じました。 
舞台の最後部には何故か今回別プロを振っているはずの、アンドリス・ネルソンスがイスに座ってました。あれ? しかも「英雄」のはずなのにシンバルとかバスドラとかあるし。 ま、まさか!!


そうこうしているうちに開始時間となり楽団員が揃うと、おもむろにキュッヒル氏が立ち上がりオケ全体にAを一瞬だけ渡してチューニング終了。 こんないい加減なの!?と思ってしまいました。 すると舞台袖からおじいちゃんがよろよろと這い出てくるように出てきました(失礼)。 プレートルは指揮台に上がると人が変わったようにシャキーと立ち上がり、オケをコントロールしている風に見えました。 何にも目立ったような動きはしていないのに、テンポの微妙な変化を出したり、バランスをとっていく姿は「巨匠」なのでしょうね。 初めは寝起きだったのか全然、縦が合っていなかったオケが1楽章の中ごろからノリノリになっていく様子が感じられました。 


それにしてもキュッヒル怖すぎ。 終始ブスっとしているけどもオケをグイグイ引っ張っていくし、音量が「あの」なかでも断トツで抜けて聞こえてきた。 イメージそのまんまの「コンサートマスター」。 一方でプレートルは、見た目通りのお茶目なおじいちゃん。 あの歳で大声で歌ってフレーズを伝えるのだが、声がとてもよかった。 あの人は劇場中心のキャリアを積んできたのだろうか。 曲の作りも、とにかく歌うように横に自由に伸縮するような印象を受けた。 プレートルは日本では最近になってようやく認知されてきたようだが、向こうでは相当な人気らしい。 


ベートーヴェンはもちろん非常に良かったけれども、やはり「リハーサル」感が否めない出来だった。 彼らは年になんども色々な指揮者でこの曲をやっているのだろうから譜面については分かっているのだろうけれど、指揮者が作る音楽に関しては手探りの印象。 本番まで1週間あるし、彼らならば今日のリハで全部わかってしまうのでしょう。


今日一番感動したのはアンコールのブラームス、ハンガリー舞曲の1番。 冒頭のヴァイオリンの旋律で背筋がゾクッとした。 G線の響きが豊かな音と絶妙な抑揚、(ロマの人々の)悲しみとか辛さとか、あの曲が持っている独特な雰囲気がストレートにガツンと伝わってきた気がする。 このオケが本気になってブラームス演奏しているのを聞いたら悶絶してしまうだろう。 今日のブラームスの、この感触は2度と忘れられないだろうな。


このあとアンコールの2曲目のトリッチ・トリッチ・ポルカを聞いて、ウィーンの雰囲気を若干ながら感じつつのプレートルの練習は終了。 ポルカではプレートルはほとんど指揮せず。 謎の増強された打楽器はこのためのものだったようだ。
プレートル退席後に何故かネルソンスが指揮台に上り振り始めて、一瞬客席のテンションが上がったのだが2小節ほど振ってなにか指示を一言(響きがどうこうって)言って終了。 曲はG線上のアリア。 これはこれで聞きたかった。


ウィーンフィルといえば、自分の中ではもはやブランド先行型になってしまっていて、ブルジョア聞く音楽だとかチケット高過ぎとか思っていたのだが、100見は1聴にしかず、これならば1回のコンサートに数万円払っても聞く価値はあるなと思ったのでした。 いろんな意味で勉強になった。 ぜひ聞いてみたいなぁ。

2010年11月 3日 (水)

アーノンクールと愉快な仲間たち(前編)

H2200x280学生である特権として、来日オケの公開リハの見学というものがあります。
いままではいささか「まじめすぎる」学生であったため、授業やらラボの予定が入っているという理由で申し込みを見送っていたりしていたのですが、この歳になってそれがいかにバカバカしいものか気づいてしまったのです(⇒プチ反抗期です)。

ということで、今年は遠慮なく方々に送りまくったら当る当る!!
今回はアーノンクール/ウィーン・コンツェントゥス・ムジークスの公開リハに行かせていただきました。(ソニーミュージック財団に感謝!)

平日の17時開始ということでしたが、意外と人数がいてびっくり。
特に多かったのが、子供とその親。というか親が来たかったんでしょ、という感じ。
開始直前まで、結構会場がざわついていて、もしや(このままリハ中もうるさいままなのか)という嫌な考えがちらついてしまったのですが、そんなことはなく、演奏が始まった瞬間に会場の空気が変わりました。(拍手!!)

アーノンクールのリハは単に流すだけではなく、モーツァルトの音楽(この日の演目はポストホルン・セレナーデ)がどんな意味を持っているのかを説明しながらというもの。

恥ずかしながら、直前にCDで予習するまでこの曲知りませんでし。しかも、CD(ウィリー・ボスコフスキー/ウィーン・モーツァルト合奏団)を聞いても、チョーつまらなそうな曲にしか思ってませんでした。
ところがまあ、1音目からして感情に満ち溢れた豊かな音!! おそらく会場にいた小学生ともども、完全に彼らの音楽に飲み込まれてしまいました。すごい、これが本物の音なのか!!という感じです。

モーツァルトが18歳の時に書いた曲だそうで、ポストホルンとは郵便の馬車に使われるラッパのこと。
ラッパなので、「ホルン」ですがトランペット奏者が吹きます。
この曲はザルツブルクの大学から地元に戻っていく友達に向けて書かれた曲とのこと。全部で7楽章からなっており、それぞれにきちんとした意味がある曲だそうです。

1曲目のマーチはモーツァルトの友人たちが集まってくるシーン。
2~4曲目はそれぞれモーツァルトの友人たちの性格を表した曲になっているとのこと(エニグマ・バリエーションのようです)。たとえば、2曲目のメヌエットでは男性の旋律・女性の旋律というものが交互にやり取りをしながら描かれていたり、3楽章では木管楽器のソロが4人の人をそれぞれ表していたり、といった感じ。
そして5曲目では友との別れを悲しむ音楽。
6曲目では友人たちは郵便馬車に乗って故郷の国へそれぞれ帰って行ってしまいます。この曲の中の貴族の踊り・農民の踊りのリズムで、モーツァルトは大学時代に平等に勉強していた人々がそれぞれの階級・社会に帰ってしまうことを表しているそうです。

これだけのことを言われてからポストホルンの演奏を聴くと、モーツァルトの音楽がとても活き活きとして聞こえるのです。もちろん、演奏家たちの腕が世界レベルだということは言うまでもありませんが。

それにしても、古楽器のアンサンブルはどうしてあんなにも活き活きと聞こえるのだろうか? 去年のミンコフスキ/ルーブル宮廷音楽隊によるハイドンも楽しすぎる演奏だった。 どうにかして「活き活きとしたアンサンブル」というものを自分の演奏にも取り入れたいとおもう今日この頃。

後編はまた明日の演奏会(本番)を聞いてから。

再開(再び)

なんともまあ半年近く時間が空いてしまいましたが、ブログ再開です。

気づいたら自分のモラトリアム期間も片手で数えられる月数になってしまったので、自分が何を考えてどんなことに興味を持っているのか、140字では収まりきらない部分をつらつらと書き残していこうかと思ってます。

7月以降の活動をまとめておきます。

7月某日
 Twitter開始


8月中ごろ
 初北京。
 天安門広場の大きさに圧倒される。なんだかんだ言っても中国は偉大な国だ。


8月29日 
 オーケストラ・セレーナ立ち上げ公演 http://o-serena.jp/
  曲目 ベートーヴェン:フィデリオ序曲
      シベリウス:Vn協奏曲
      ブラームス:交響曲1番
 うまい人が集まっているので、演奏面でいろいろと勉強になりました。
 市民オケで初めて、本格的な裏方の仕事(の手伝い)をやることになったのですが、思っているように活動できなかった事が反省点だったかも。次回以降の反省点ということで。


9月1日
 初ディズニー。夢の国は夢だった。


9月12日
 東京G友オケ
  曲目 ドヴォルジャーク:謝肉祭序曲
      バルトーク:舞踏組曲
      ラフマニノフ:交響曲2番
 まいどお馴染みG友オケですが、乗るのは実はまだ3回目くらいだったりします。今回前プロの2曲では前列で弾かせていただいて、大変勉強になりました。バルトークの野性的なリズムは腹に落ちるように感じることができなかったのが残念。ラフマニノフはチェロを始めてから初めて弾いたシンフォニー。心の底からとろけるように弾けた・・かな。大学に入学していた時に想定していたレベルには達した?(もちろん、人生の目標としてはまだまだ)


9月23日
 東京G友オケで次回のプログラムのマーラー9番の練習開始。うん、難しい。未だに周りとあっているんだかあっていないんだかよく解らないです(10月末現在)。ここからどっぷりとマラ9の世界に浸かってます。というか浸かりすぎてPetit UTUになりかけたことも。。


10月23日
 いまいる大学の学祭にD3の先輩とB4の後輩2人とチェロ・カルテットなるものをやりました。来年の夢十夜の前座にやってみたいですね。


てな感じで、今は修論前の静けさを堪能しております。
これからどうなることやら??

2010年7月11日 (日)

忙しい!

気が付いたらもう7月(しかも10日以上過ぎている)。 ある程度きちっとスケジュールを立てて、「ゆとりある生活」を心がけているのだが、そんなことお構いなしにやることは積み上がる。 まあ、大半は自分の要領が悪いことが原因なのだが…。 最近気になるニュースが3つほど。

・プレトニョフ逮捕!
指揮者(元ピアニスト)のミハイル・プレトニョフがタイで少年(17)への性的暴行で逮捕だか立件されたらしいです。 朝日新聞にも出てました。 別に個人の性癖がどうこうはいいのですが、きちんと合意の上で行って頂きたいですね。 逮捕されると日本に来なくなってしまいますから。(東フィルへの客演はどうなるのだろうか?) ちなみに本人は潔白を主張しているそうですが、以前にも似たような事件を起こしたとか起こしてないとか。。

 

・ビオラは歌う
 いやー、NHKの快挙です。 相撲でなくって「みんなの歌」。 みんなの歌って何気に隠れヒット曲が出るので有名?ですが(宇多田ヒカルの「くま」とかだんご3兄弟とか)、ついに槇原敬之がやってくれましたよ。 「ビオラは歌う」! ビオラジョークのネタを増やしてくれたのかと思いきや、陰ながらオケを支えるビオラをたたえる、涙チョチョぎれるイイ―歌なのです。5回くらい連続で聞いてみましょう。(PVはこちらから) サビに入る時の転調でぐっときますよね。 

 これ、NHKは短縮バージョンらしいですが、ホンちゃんのCDではなんとビオラのソロ・オブリガートがあるらしいです。カッチョイー!

 余計なことかもしれないですが、こういう自己犠牲(!?)たたえる歌って海外ではどう思われるのでしょう? 陰ながら支える人がいることによって世の中が成り立っているんだよっていう考えは、表立つことが好まれない日本だからこそ美徳とされるわけで、海外でも受け入れがたい考えな気がします。  

 

追記:

練習に遅れてきたビオラ弾き、練習にあわてすぎて右手に楽器を持っています(笑)。まさしくビオラジョーク!

「ある日、彼は不思議なことに気づいた。一人のビオラ奏者が、リハーサルが始まる直前に、きまって上着の内側をこっそりと覗き見するのだ。ビオラ奏者のこの不思議な仕草は、その後何年も変わらずに続けられ、彼の好奇心がそろそろ限界に達していたころ、ある日その謎を知る絶好のチャンスが訪れた。その 日は暑く、ビオラ奏者は上着を椅子に置いたまま、休憩時にどこかに消えてしまったのである。そっと椅子に近づいた彼は、すばやくビオラ奏者の上着をめくっ て見た。そこには小さな紙片がピンで止めてあり、こんな言葉が書かれていた……「楽器は左手、弓は右手」」

 

・さよならサンデル先生
 これまたNHKの快挙。 以前一瞬書いた「ハーバード白熱講義」が終わってしましました。12回の講義で「正義」とは何かを考える上で重要な現代までの思想を取り上げつつそれらを身近な例にあてはめて実際に考えさせようとするスタイルは、哲学が身近な物になる半面、非常に考えさせられる内容でした。 サンデル先生が書いた「Justice」という本の簡易版の日本語訳「これからの「正義」の話をしよう」がバカ売れしているようで、サンデル氏本人も今年来日するらしいです(本は1カ月で26版くらいまでいってるらしいです。)。  ここまで来ると日本人のミーハーぶりにちょっと引いてしまうのですが、一方で何度見返しても色々と考えさせられる講義というのは日本の大学では受けたことがないというのも事実。 
ituneでは世界中の大学の講義をオープンコースウェアとして動画で配信しているようで、興味深いタイトルの授業がただで見れます。 いい世の中になった。 サンデル先生の授業はこちらから。 もし日本の大学がこれに参加したらどうなるか。 学生はみんな寝ているか、授業が進むにつれて「蒸発」してしまうのでしょう。 これが日本の実情。

2010年6月18日 (金)

フルヴェンTシャツ発売?

ドリームライフがフルトヴェングラーの“振ると面食らう”Tシャツを企画中

誰が買うのかと思ったら、今現在100人近くが購入予約をしているとのこと。
世の中にはショスタコのTシャツを買い集めるおじさん(達)がいるわけだから、ニーズがあってもおかしくは無いのでしょうが・・・おそらく海外の人からは理解されないのでしょう。

ちなみにこんなものも以前発売されていました。

うーむ。

2010年6月14日 (月)

今月の本番(10年6月)

ル・スコアール管弦楽団
6月13日マチネー@すみだトリフォニー

マルチヌー交響曲1番
マーラー 交響曲1番

 
マルチヌーかマルティヌーかでもめていましたが、結局マルチヌーのほうが原語に近いとのこと。
 
 
いろいろと忙しい時期が重なっていたので今までのような「潤沢な」練習時間がとれなかった初めての演奏会。 毎度のことながら、毎回の練習で自分のポテンシャルの低さを思い知ることになった。
そんな言い訳を差し引いても、いくら練習してもマルチヌーとは友達になれずじまいだった。 あのマルチヌーの語法(独特な和声感とヘミオラが織り成す浮遊感)の地に足がついていなさ具合が、今の自分にはちょっとアウトだった。あと5年くらいしたら聴けるようになるかも。 新日フィルでも今度3番をやるみたいだけど・・どうしようか。
 
マーラー1番はなんだかんだで名曲。 学生オケの時は気合と体力でドンチャカやればそれでよかったけれども、スコアを読めば読むほどいろいろなことが書いてあることを改めて知った。 というかマーラーは体力ではなく、脳ミソフル回転でやらないとキチンとした演奏にならないことも知った(だから疲れる。)。 今回の練習で細かいニュアンスまで踏み込んで指導してくださったことで、一本調子な演奏にはなっていなかった・・・と思っている。
  
今回もアマオケの目指すところはどんなところなのか考えさせられることの多い演奏会でした。

«StarWars × Wiener Philharmoniker !!!